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奥正之氏の軽率発言 破綻した原子力法制

 原子力発電の基本法は、原子力の平和利用を定めた原子力基本法(「原基法」、昭和三十年十二月制定)だ。同法を頂点として各論的な法律があり、「原子力損害の賠償に関する法律」(「原賠法」)も、そのひとつ。
 問題は、半世紀以上前に構想されたこの法制では、排他的なうえに利益追求型のビジネスへと変質を遂げてしまった今日の原発事業を統御できないということだ。

 原基法の目的を定めた第一条は、「この法律は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする」と規定する。
同二条(基本方針)では、「原子力の・・・利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし」と規定する。

 現実はどうか?「福祉と生活の向上」に背反する悲劇的な大惨事という結果が、目の前にないだろうか?原子力の研究においても、特に安全に関する「学術の進歩」は脇に押しのけられ、優秀な研究者であっても、原発の安全性を真面目に評価することを目指した学者は、どんなに業績を上げても、講師や助教授どまりになってはいないか?原子力の利用が、想定切りと思い込みに浸され、「安全の確保を旨として」など行われなかったことは、明らかになっている。今日においては、原発の位置づけも、「将来におけるエネルギー資源」ではなく、他の新技術へのつなぎの資源にすぎない。むしろ、「人類社会の福祉と国民生活の水準向上」のためには、早急に廃炉して、他方、何十万年以上もかけないと無害化できない廃棄物を管理し続ける原資を、この原子炉を使用した電力会社に用意させなくてはならない。原基法の想定は、もはや、現実にまったくあっていないのだ。

 全国銀行協会会長、奥正之氏(三井住友フィナンシャルグループ会長)は、2011年5月19日の定例会見で、東電福島第一原発の賠償について、「原子力損害賠償法に基づいて賠償されるので、国と原子力事業者の両者で分担するべき」と発言したとの報道がある。京大法卒、ミシガン大で学んだ男にしては、粗雑な物言いだ。法律をよく読まなくてはいけない。

 原賠法第三条は、(無過失責任)という見出しのものとに、「当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」と、明快に、事業者東電の無過失損害賠償責任を規定している。政府と「分担」するとは書いていない。要職にある者は、いい加減なことを言わないでほしい。事業者が重い責任を負う。まして、積年の想定切り行為の繰り返し、安全評価への執拗な妨害、事故に際しての数々の意思決定の不手際、間違い、など東電の人災としか言いようのないヘマの連続を見るにつけ、彼らの責任は、独占にあぐらをかいた幹部、OBの過大な給与、賞与、年金、その他の福祉という名の贅沢、子会社への利益隠しなどの、すべてを否定しなくては全うできないほど重いと言わざるをえない。

 原賠法は、賠償への国の関与について、第十六条で、「この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」と規定する。「分担する」とは書いていない。奥正之氏は、発言するのなら、よく読まなくてはいけない。国の関与は、あっても、「必要があると認めるとき」に「援助」をするだけだ。銀行に、債権放棄を打診するのも、広義の、事業者への「援助」といえるだろう。この点を間違えないでほしい。原子力法制は、全体として、国に強大な権限を与え、間違いが起きないように、権利救済に落ちがないように、最大限の配慮をしている。法律が、国を金主に指定していると読むようなあさましい読み方は、法制全体を理解しない劣等生の読み方だ。

 この法律の目的は、第一条に「損害賠償に関する基本的制度を定め、もつて被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする」とある。杜撰な原発管理を行い、その問題を指摘する言論に対しては執拗に陰湿な攻撃を繰りかえして封じ、学者やジャーナリストの職をも奪う不当な行為を陰に陽に展開してきた東電は、「原子力事業の健全な発達」を阻害してきたのだ。その東電を救済しても、「原子力事業の健全な発達に資することを目的とする」原賠法の立法の狙いは、不達となることは明らかだ。だから、常に「分担する」ことになっているかのような発言は、この点からみても、根本的に誤っている。

 官僚・政治家の子どもで、楽をするために東電に入った者や、東電の管理職は、多くの罪なき人びとの家を奪い生活を破壊した会社に居座って、給料や福利厚生を受ける権利はないだろう。整理解雇で当然だ。東電を潰して、発電事業と送電事業を分離、送電事業は、東電以外の電力各社が共同で新会社を出資、設立し、東電から買い取り、運営する。不労所得を得ていたかのような者を解雇したあとの、ほんとうの働き者だけで、発電事業をすればいい。企業年金は、廃止しなくては、賠償原資が出ないだろう。今回、もし東電の行為に過失がない、つまり無過失だったら、それでもなお東電は、原賠法により事業者としての無過失損害賠償責任を負うことになるのだが、それなら、ここまでの要求はしたくない。しかしながらフクシマの大惨事は、東電が、安全軽視に関しては確信犯的な行為を各所で行なってきた会社である上に、老朽施設をあえて稼動させ、地震で壊れた場合の対処にも間違いがつづいた結果であるので、責任を転嫁もしくは軽減する理由は、どこを探しても出てこない。
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1号機、津波前に重要設備損傷か 原子炉建屋で高線量蒸気

 表題は、2011年5月15日早朝配信の共同通信記事の見出しだ。同記事によれば、
 
 東電関係者は「地震の揺れで圧力容器や配管に損傷があったかもしれない」と、津波より前に重要設備が被害を受けていた可能性を認めた。

 とのこと。東電福島第1原発1号機の原子炉建屋内で地震当日である3月11日の夜、毎時300ミリシーベルトの高い放射線量が検出された事実からすると、従来のように、原子炉内の圧力が徐々に高まって配管などが破損し放射能漏れとなったと見るのは不自然となった。あまりに短時間で建屋内に放射能が充満したことになるからだ。
  
 これは、一号機原子炉建屋で作業中に地震にあった作業員への取材記事「ずれた配管、やばい水!…原発作業員の恐怖証言」(2011年3月16日 読売新聞)の、「強い横揺れで天井のパイプがずれ、大量の水が漏れてきた」「上階で作業用クレーンや照明などの機器がガチャンガチャンと激しくぶつかり合う音も聞こえた」との内容とも符合する。
 
 表題の共同通信記事は、
 
 地震による重要設備への被害がなかったことを前提に、第1原発の事故後、各地の原発では予備電源確保や防波堤設置など津波対策を強化する動きが広がっているが、原発の耐震指針についても再検討を迫られそうだ。
 
 とする。当日のことを考えると、一号機だけ、地震の揺れで壊れたのではなく、福島第一原発の他の施設でも、たとえば4号機タービン建屋の地下1階でも、地震の揺れによる損壊が、地震と同時に起きたであろうことが重要だ。
 
 わたしが過去記事に書いたとおり、東電幹部が、東電社員二名の死亡について業務上過失致死罪で立件可能だという見通しが、いよいよ現実味を増してきた。彼らは、もう、日常の業務から外すのが常識だが、イエスマンで固めた独占企業のトップ3人以下、全員が居座っている。彼らは、未だに、自社の民事責任も、自分の刑事責任も、わかっていないようだ。

経団連会長 米倉弘昌氏の失言 東電 福島原発

「経団連会長米倉弘昌住友化学の憂鬱」--むかしなら、右派の高踏的な雑誌に出そうな見出しである。彼の発言をありがたがる者は、日本国内に皆無ではないだろうか。いたとしても、中国から利益供与をうけた者くらいか?米倉氏は昨年(2010年、平成22年)11月、尖閣諸島中国漁船衝突事件に関し、
「領土問題について両国とも強い主張を持っており、それを認識した上でお互いに努力しながら隣人として仲良くしよう」
 との軟弱発言をした。
 中国側が古くから日本固有の領土であると認めていたことが、文献上立証済みである尖閣諸島領有権に関し、領有権自体に世界史的に見ていまだに不確定要素があるかのような迷惑発言を、これだけの要職にありながら公にした男である。東大法卒、デューク大で経済を学んでいるが、経歴は、基本的に住化一筋と言っていい。偉大な人もいるが価値観の狂っている人のほうが多い1930年代(東電の会長勝俣氏も1940年生まれだから、かろうじてこの30年代にはいる)生まれの日本人だ。

 東電福島第一原子力発電所についても、事実がわかりもしないうちに、「1000年に1度の津波に耐えているのは素晴らしい」と早漏発言をし、1000年の間に数度以上、あるいは10回以上来襲する程度の規模しかない津波であった事実と、津波にも、その前の地震の揺れ自体にさえも、「耐え」られなかった福島第一原子力発電所の脆弱な事実について、二重の事実誤認に基づく発言を公にした男だ。
 公人(腐っても鯛ではないが、一応、経団連会長の要職にあり、警察の警護つきなのは、公人のあかしだ)にあるまじき軽率な発言が多い。
 
 この米倉弘昌という74歳のじいさんが、2011年5月13日、中国の北京で、
「原発はそもそも国策に沿って民間事業者が協力する形で進められてきた。どうして政府の責任をたださずに東電だけの責任になるのか」 
 と発言した。しかしながら、法的には、不作為を含む事業上の行為によって生じた損害は、その事業者が負担するのが当然だ。自由経済と自己責任の原理からも、そうなる。法と自由経済と自己責任は、経団連お好みの原理原則ではなかったか?

 彼はなにを根拠に、事業者東電以外のものにも、東電の事業の結果引き起こされた大惨事の責任を負わせたいのか?原発を陰に陽に推進した経団連自身の責任を言いたかったのか?だったら、早くその早漏気味のリーダーシップを発揮し、傘下の企業へ奉加帳を回したらどうだろうか?電力各社は、喜んで巨額の拠出に応じるとでも思っているのか?
 電力各社は、自社は、東電のようなヘマをしなかったから、もっと強い揺れを経験した原発も無事だった、福島は東電の問題だ、と言うだろう。こういうことがわかっているから、原発を強力に推し進めてきた一団体としての責任は隠して、時の政府の責任を問うのだろうか?
 ずいぶん卑怯な論理ではないか。

 むしろ、歴代の政治と政府に責任というのならまだわかる。それは、法的な賠償責任をはなれた責任についての話だ。今後は誤った原発政策を変えるということになるのだろう。米倉氏がこれを言いたいのなら、原発推進はまちがいだったと、明瞭に発言するべきだろう。 

 そうでなく、過去を振り返っての責任を問題にしたいのなら、経団連にしかつかめないような事実(があるだろう、それ)を開示して、自民党の強引な原発推進をまず明らかにしたらどうだろうか。

 迷妄という言葉がふさわしい、愚者のことばだ。このような男をしか頭にできない日本の大企業が哀れである。
 そうだ、先の、米倉発言の冒頭の「原発」を任意の他の言葉に、そして、「東電」を事業者に置き換え、主題の事項について事業者が失敗して大惨事が起きたあとの責任問題に狼狽した知恵の足りない男の発言として以下を見てほしい。

環境問題は そもそも国策に沿って民間事業者が協力する形で進められてきた。どうして政府の責任をたださずに 事業者だけの責任になるのか 

住宅の高層化は そもそも国策に沿って民間事業者が協力する形で進められてきた。どうして政府の責任をたださずに 事業者だけの責任になるのか

産業廃棄物処理は そもそも国策に沿って民間事業者が協力する形で進められてきた。どうして政府の責任をたださずに 事業者だけの責任になるのか

 都合のいい時にだけ自己責任や法律をふりまわし、自由経済の旗手を気取っただけの浅薄な男の発言だということがわかるだろう。似た発言を何度も繰り返すのは、恥を知らないということだろう。

青山繁晴氏 東電 業務上過失致死罪 事故隠し 送電網という資産

原子力委員会の青山繁晴専門委員は2011年5月13日の参院予算委員会に参考人として出席し、東京電力福島第1原発事故について「津波の直撃を受けた段階では、原子炉建屋はまだしっかりとしていた」と発言した。青山氏は、該当分野について技術的なバックグラウンドがない。よって、専門性はないにもかかわらずの、この発言である。

青山氏には、自民原発推進派や東電とずぶずぶである、つまり、長年にわたって利益供与を受けていた事実が認められる。これについては、政府の記録にもあることなので、いまさら、否定はできまい。そして、東電が、情報操作の達人であることから考えると、この発言は、東電や自民党他の原発利権享受者たちの意向をうけた、東電の(刑事をふくむ)責任隠しの一環と見るのが妥当だ。では、なにを操作したかったか?

東電社長らは、自分の利益にならないことは隠し、後日、影響を削いでからごまかしながら発表するのを常套手段とする。(いくつでも例を挙げられるので、ここでは省略しておく。)この目で見ると、東電幹部が長期間隠していたし、いまやマスコミの口の端にすら上らないある事実が痛ましい。人の死である。

もっとも、清水社長は、彼らの長年の「想定切り」行為の犠牲になって、大学での地位を奪われた学者や、社会的な発言の場を失ったジャーナリストや、いま目の前にいる放射能垂れ流しの被害者たちを放置しておいても、なお、東電OBの分不相応に高額な年金は減らさないと言い切れる冷血だ。末端の社員の死など、ましてそれによって自分が刑事訴追を受ける可能性が高いと思えば、どんな非常識な手段を用いてでも、事実隠しをするであろう。

地震当日、東電社員二名が亡くなった。長期間隠され、後に発表されたが、彼らの死因は、溺死ではない。耐用年数を過ぎた、もともと「原子炉」以外(つまり原子炉建屋)は、地震の振動に対して脆弱そのものだったのは、どこの古い原発にも共通する事実だ。今回の地震の際にも、内部の配管や構成物が、地震の振動で外れたり、落ちたりしたものがあった事実は、隠しても、隠しきれないだろう。この「原子炉建屋」のおそまつが、二名の人命を奪ったという可能性が非常に高い。東電の業務上の注意義務違反と二人の死の因果関係は相当楽に立証できるように思える。業務上過失致死罪に該当するものが、東電の責任者中に、最低でも数名はでてくるだろう。

現在の、牙を抜かれ、政治的に利用されるだけの検察では、捜査はできまい。この点に過剰な期待は無用だ。オウム捜査で名を馳せたような名検事が、捜査の現場を離れ、管理職になって地検を歩いている。その間に、腕のいい後進は育っていない。油断や「想定切り」行為を重ねたうえ、耐用年数を過ぎた原発でこれほどの大惨事を引き起こした責任者が、まったく、責任を問われないとは、不思議な世の中だ。もっとささいなことで、職もなくなり、老後も不安だというハメに陥っている人はいくらでもいる。この不公平感を、刑事事件のかなり高い蓋然性も含めて、封印した場合は、相当な禍根を残すと言わざるをえない。自分たち以外はおとなしい羊だとでも思っているのだろうか?

この点からも、東電の幹部はすぐに全員解任しなくては、このたるみきった経営の結果の放射能汚染の大惨事を解明も、再発防止もできないし、社会の動揺・不安も増幅するばかりだろう。彼らの責任でこんなことになったのだから、彼らの資産である送電網を分離して、他の電力会社の出資する新会社に買戻権付きで売り、その資金で賠償するべきなのだ。それでかなりの賠償原資ができる。もちろん、人員も半減以下、東電の企業年金は廃止がただしい判断だろう。

かれらの長年の、「原発は安全」キャンペーン、これは、繰り返すが、問題を指摘した真面目で前途もあるはずの多くの人々から社会的な地位を奪い生活の基盤まで失わせるほど、過酷を極めたものだったのだ。その結果の今回の惨事なので、彼らが丸裸になって責任を負うのが当然なのだ。これを推し進めた官僚個人の責任を追及したければ、東電がすればいいだろう。東電と自民党によって、生活を脅かされた良心的な学者やジャーナリストの名誉回復を、学会も、ジャーナリズムもする気がないように見える。冷血は東電だけではないということだ。

『「老婆心ながら守秘義務」と官邸、小佐古教授に』  あれ?説明責任は?

表題『』は、読売新聞の見出しである。福島原発事故を巡り、またひとつ、官僚の無責任に、政治家がお墨付きを与えたのである。

文科省は校庭利用の放射線被曝限度を、現行法体系に違反して、さらに、トップレベルの専門家の十分なコンセンサスを得ずに、また国際常識にも違反して、つい最近、年間20ミリ・シーベルトとした。菅直人の無責任が、また一つ、記録に留められた。本人たちが死んでも、その名前と行いは、歴史的資料として末代まで残るから、文科省の役人も含め、覚悟してほしい。

晩発性の癌のリスクがようやく話題にのぼっているが、じつは、放射線は、がんには至らない程度でも、不妊の原因となることは広く知られている。これについて、文科省の木っ端役人は、考えもしていないだろう。検討したというなら、どのようにデータを集め、どんな専門家意見を徴したか、説明してみるがいい。できないだろう。だいたい、これだけ、学童の将来にかかわる重大な決定をしておいて、実名をさらされることをおそれ、逃げまわり、あまつさえ、守秘義務を振りかざすとは、なんとも見下げ果てた官僚だ。

この守秘義務、ごく短期間、人のためみんなのためと思って、高名な専門家である小佐古教授が、内閣官房参与という肩書きをうけいれたために出てきたようである。政府関係者に専門的アドバイスをしたが、素人の文科省官僚が、この専門家の言をきかずに独走したのである。そのために、もはや、専門家として貢献できないばかりか、官僚の責任逃れの隠れ蓑に利用されるばかりでは、後日に大きな禍根を残すだろうと考え、また深く傷ついた教授が、公のお役に立てない地位を辞し、ひとりで広く発言しようとしたら、守秘義務がありますよ、といわれたのだ。

菅直人以下、今回の原発事故解決に責任ある立場にある政治家が、事実隠しをさかんに行って、国民を侮辱し続けているが、その極点のあらわれといえよう。

守秘義務については、本件では、教授がなにをしゃべろうと、義務違反にならないだろう。菅内閣には弁護士経験者が何人もいるはずだが、全員、法律家としては劣等生だったのだろう。もし、教授を守秘義務違反に問う動きがでた場合、わたしのチームが腕利きの弁護士を起用して、法廷活動を通じ、逆に、官僚たちと政治家たちのきたない責任回避と、いい加減な基準崩しの事実を、白日のもとにさらしてあげよう。関係者は、もちろん、実名で出てくる。心して待ってほしい。

国家公務員の守秘義務と言うが、最高裁判例も織り込ん言えば大略以下のとおりだ。
「形式的に秘扱の指定をした」事項が
「非公知」で、さらに、
「実質的に」「秘密として保護するに値する」ものにあたるばあい、
開示行為が、「職務上知ることのできた」事実を漏らす行為として1年以下の懲役か50万円以下の罰金に処せられる。

役人がやりそうなことだが、秘扱いの指定が乱用されていれば、それだけで、真の守秘性がない、という議論もできそうでおもしろい。

つぎに、誰もが指摘することだが、実質秘かどうか、という議論がでてくる。菅内閣関係者は、わざわざ、教授の説明会直前に、「守秘義務」の存在を告知したというのだから、当然、教授が、実質秘を知ったと、それを開示されては、国家の機密が保たれないという判断をしたということだろう。そこまで考えなかったとは言わせない。どういう国家機密が危険に瀕したのか、説明してみてはどうだろうか。

機密自体を非開示のまま、説明は可能だし、日本の将来を背負ってたつ、また将来のその子なりの人生が長い、自身では無防備な子どもたちの健康や将来が関わる事項について、いったい、どんな、国家の機密が危機に瀕したか、真面目に説明する責任が、官邸と文科省にはある。

文科省の役人も、菅内閣も、説明できまい。ねらいが、言論の封殺にあるからだ。だれのために?かれらは、不十分な開示で国民に疑心暗鬼を起こさせる名人だ。それは、国民のためを思っていたらできないこと。自分や、官僚の利益だろう。みっともないにもほどある。
プロフィール

Author:rockpap
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